
12年ぶりにアメリカで迎える新年。ぼんやりと、ネット上のニュースで日本の様子を確認しておりました。
ふむふむ、みのもんたが司会を務めた紅白歌合戦。「高視聴率男」の異名をとるみのさんですら、台本に縛られてアドリブを炸裂させられず、不満と。果たしてNHK会長が嘆願した「視聴率50%」越えは達成できたのか?と。ふむふむ。
興味深いのは、「紅白歌合戦」なのに、歌と比べて司会や衣装に関するニュースの量が多いんですね。本来ならば、M-floがどんだけよかったか、とか。山崎まさよしが染み入る歌をうたったか、とか、そういう話があってもいいと思うんですが、主に放送コードぎりぎりのノーブラ衣装が、とか、NHKの司会の難しさにより満足度10%、もう紅白なんてやりたくない、なんて話ばかり。
そもそも、視聴率が低い→NHKは視聴率回復に司会頼み→司会が巧くいかなくて不満→視聴率が上がらない、なんてアプローチは正しいのでしょうか?
それって、本質的ではないような。司会というのは番組なり企画をスムーズに進行させるためのものであって、司会が一番に立てられた現状がおかしいですね。むしろ、いかに多くを語らずに裏方に徹し、主役を盛り立てるか。そこに司会の本領が発揮されるべきなのです。
NHKは歌を大切にし過ぎるばかりに僕とは相容れないものがあった。
歌番組なんだから、歌を大切にするのは当たり前。にもかかわらず、視聴率が司会頼みになり、みのさんの一挙一動が報道されているのは、紅白歌合戦が「歌番組」としていかに面白くないかをNHKが認めており打つ手がないから。根本を突き詰めていくと、その理由は、核となる日本の「音楽」の大半がつまらないもの、あえてチャンネルを固定して聴くほどの価値がないものになっているから。
もう一つの大晦日番組「レコード大賞」でも、歌以上に「エロかっこいい」なるルックスのインパクトで金賞を貰った歌姫もいました。
シンガーにルックスも重要なのは判ります。マドンナだってジャネットジャクソンだって、セクシースタイルを一つの売りにしています。でも、彼女達はその路線を売りにする以前に、そもそも歌がうまいし、曲もいいんです。その上で、他の抜群にうまい人と差別化するために、セクシーさも売りにしてるから。
露出が目立ちましたが、来年はもっと音楽性も伝えていきたい
このような売り方が本人の意図なのか、avexの意図なのかは判りません。ただ、環境として、曲や歌唱以上にルックスと過激さ先行で金賞を取らせてしまう日本の音楽業界はひん曲がっており、今後も先細りになるのは明らか。
批判ばかりしてても始まらないので、自分なりの業界改善手法はまたの機会に。
--
そんなことを思いながら、自分を振り返ってみて。夏からアメリカに来てやってきたこと - MBA、サーフィン、ジャズ、交流関係を広め、幅広い人達と付き合うことこと。殆どやっていないこと - 服の購入、散髪。
「外見で人を判断するのは、愚か者のすることである。
だが、外見で判断されないと思うことは、更に愚か者である。」
そんな言葉を聞いたことがあります。外見は重要。その通り。そして、喋れる能力も重要。いわゆる「話がうまい人」というのは、持てはやされる。
でも、見てくれと喋りに頼るのは、愚かなのです。メッキがはがれたあとに、そこにある人としての本質。そこに価値を見出さないと。
ブランドを持つことよりも、ブランドを持つ意味を考えることが重要。包丁で人を殺せるから違法にしようと考えるよりも、どうやったら包丁で人を殺す人がいなくなるかを考えることが重要。資格としてのMBAの価値を考えることより、MBAを取る過程で何をするかが重要。サーフィンで波を取り合うよりも、いかに譲り合うかを学ぶのが重要。サルサで自分がかっこよく踊るよりも、いかに女性をリードし美しく見せるかを考えるのが重要。
アメリカナイズされた日本人になるのではなく、自らアメリカ人をジャパナイズすることが重要。
それをするために、今年も人生を愉しもうっと。