Kamesan Daily

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2004年10月25日

京都で見つけた「袖擦りあうも多生の縁」 3/4

第ニ部からの続き)

第三部: 22日(金)5:30PM

怪我した左腕をかばいつつ自転車をこぎ続けると、ほどなくして京都に到着。いよいよ連絡をくれた知人、あかねとの再会です。

akane.jpg

あかねとは今までに一度しか会っていません。2002年10月に北京に出張した時にスタバでカメラを無くしてしまい、店員に「カメラを無くした、誰か届けてなかったか?」と泣きついて困っている僕を見て親切に日本語=中国語訳をしてくれた人です。彼女は北京で日本語を学んでいたため、日本語が多少話せたのだ。

(その時のエピソードはここに)

その後、2003年に日本に留学して1年間語学を勉強し、今年の4月から関西の私大に入学したという情報を、当時北京に留学していた友人ヨッちゃんから入手。いずれ彼女が東京に来たときか、僕が関西に行ったときに会うかもねとは言っていたのだけど、出張で京都に来たのでヨッちゃんにあかねの電話番号を聞いてこちらから連絡したのでした。一度だけしか話したことがない人と2年ぶりに会うのも不思議だけど、デジカメを無くして通訳してもらえた人が日本に来たというのも何かの縁かもしれないんです。

レンタサイクルを返したところで、あかねと再会。当時は3分ぐらいしか話さなかったため顔はあまり覚えていなかったが、チャン・ツィー・イーのようなすっきりとした中国的な顔立ちですぐに判った。ヨッちゃんに「会えたよ!」と電話をして、二人で話してもらった。生まれも育ちも違う人同士がひょんなことから知り合ってこうして2年後も続いている面白さを電話で確認しあう。そんな彼女を横目で見ていると、見た目や立ち居振舞いが日本人にも見えてきます。

駅の近場の京野菜が売りなお店で夕飯を食べ、その後スタバでコーヒーをすすりながら、しばしご歓談。
彼女が最初に日本に来たときは、自分と日本人の間のギャップを感じたけど、2年目にもなると徐々に自分が日本に同化して違和感を感じなくなったらしい。彼女に限らず、日本に住む中国出身の人達は、中国人同士なのに日本的な会話になる、とのこと。「最近太っちゃってさー」「そんなことないよ、凄く痩せてるよ!」「えー、そうかな」とか。確かに、そういうお世辞・謙遜・遠慮が自然と出るのはかなり日本的ですね。Noと言わない日本。相手を否定しない日本。

あかねが一見して日本人にも見えるのは、彼女が日本に長く居るから。人の出身国は、顔やファッションという見た目だけでなく、話しているときの表情やしぐさに出ます。ちょっと遠くからあかねを見た人は「あ、中国人だ」と判るだろうか?それとも、日本人に見えるだろうか。ちなみに、北京に長らく留学していたヨっちゃんと久しぶりに会ったときは、8割方中国人に見えました。彼と話していても、凄く日本語の上手な中国人のように感たぐらいに。

余談ですが、僕も米国での高校生活の結果、いいと思ったことを素直に誉めたり、誉められたら謙遜せずに「ありがとう」とお礼を言う、欧米的でストレートな感情表現を学びましだ。それを日本に戻っても実践しているからか「日本人ぽくない」と言われることも、しばしば。「ちょっとペンを貸して、ごめん!」と言うよりも、「ちょっとペンを貸して、ありがとう!」という方が好き。なんでもSorryよりはThank youが多いほうがいいのだ(だから米国人はSorryを滅多に言わないのかもしれない)。また、いつまでも仲良くしてもらいたい人に対しては、ニ歩下がってお辞儀をするよりも、三歩前へ出て握手やHugをしたいのです。

話戻って、僕とあかねが2年前に会ったときの第一印象については、緊張していたからかちょっと冷たくてとっつきにくい印象を互いに持っていました。でも、こうして話してみると全然そんなことはなく、昔からの知り合いのように会話が弾みます。恋愛感や結婚観、好きな映画、お互いの生い立ちや家族構成、日本について、中国について、北京について。

大学生活はとても楽しいようで、日本で彼女が差別されていないことに安心しました。多くの日本人は中国に対して見下した態度を取りがち。メディアもなにかというとアンチ中国報道。例を挙げればサッカーのブーイング&暴動事件が記憶に新しい。一部でブーイングされたからといって、中国人全てが日本人を嫌っているはずもないのに、判りやすい日本バッシングの形を多めに報道したのでは。

反対に、小泉が靖国を参拝するたびに、中国では「遺憾」との報道がなされる。そのようなAnti-Japan vs Anti-China報道合戦は、50歳以上の人達が煽っているだけであり、20代の若者達はさほど気にしていないのかもしれない。韓国で日本のアイドルCDが沢山売れているのも、ジェネレーションによって過去のしがらみを気にしていないことを象徴している。ヨン様報道は加熱しすぎです。

色々考えながら話していたら、あっという間に数時間が経過。気付いたら僕らは知人でなく、友達になっていました。彼女と話してわかったこと。国は違えど考えることはさほど違わない。見た目は違えど一緒にいればだんだん似てくる。最初は理解できない相手でも、お互いを理解しようとすれば、いつかは仲良くなれる。互いを理解しようとすれば無益な戦いは生まれないはずだが、共生よりも相手を制して自分の利益ばかり追い求めると戦争になる。

袖擦りあうも多生の縁。
それをいい縁にするか悪い縁にするかは、自分次第かもしれません。

(第四部に続く)

投稿者 g_nagata : 2004年10月25日 00:02