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2004年10月24日
京都で見つけた「袖擦りあうも多生の縁」 2/4
(第一部からの続き)
第ニ部: 22日(金)4PM
京都駅から金閣寺に無事到着。
本物の金閣寺を見るのは、小学校低学年以来でおおよそ20年ぶり。参拝道を奥へと進む足も早まるというものよ。数百年間、変わってないその姿、日本の変化を静かに見守ってきた金閣寺を見たときは、少し目頭が熱くなった。
少年よ、あれが金閣寺だ、なんちゃって。ネタが古くてごめんなさい。こっちですよ、あっちですよと矢印の順路通りに進むとあっという間に金閣寺は見えなくなり、ここがラスト・金閣ポイントに。
まるでベルトコンベアです。紅葉シーズンは更に人ごみでぐちゃぐちゃになるんだろうなと思いつつ、しぶしぶ出口の売店&お賽銭&おみくじコーナーに。ここです、お寺のビジネスモデル最大発揮。

例に漏れず、せっかく来たのだからと京都系のお菓子とおみくじを買ってしまいました。さて結果は・・・

末吉です!いいことあるぞ。でも、一度決めたことは最後までやり遂げると良いぞよとか、身につまされるメッセージ満載です。ちょっとした因果を感じて思い出の金閣寺を後に。次は竜安寺です。石庭よ、Here I come!
竜安寺は金閣寺からは自転車でものの4分。下り坂なのでかなりぶっ飛ばしたら到着。駐車場にすすっと入り、軽く両輪ブレーキを掛けた瞬間、またもや後輪が激しく浮きます。なんなんだこの自転車。

参考画像提供元: 「お気楽!自転車試行」
早まる胸をおさえつつ、サクサクと中に進みます。石庭まで昇るルートは計算され尽くされたジャパニーズ・ガーデニング。さすが京都、Lost in Translationのワンシーンで使われていそうな趣のある石段もあります。

そして期待していた石庭はというと、思ったよりもだいぶ小さく、その15メートルプールサイズの長方形の中に色々な形の岩や苔や小石のつぶてが規則的でもあり不規則でもある模様を形作っている。毎日これらの小石をジャリジャリしている人たちの頭の中では何を考えているんだろうか?何百年もの間これが作られつづけているというのも時代を超えた壮大な趣味だなと変なところに感心。

一方横ではカップルが喋っていて、変なめがねをかけた男性が「あのエリアは煩悩を指し示していて、あれは男根なんだよ」「え~、そうなのぉ?」「ほら、大きいのとか、あっちのは小さくて」「やだぁキャハハ」という緩い会話が繰り広げられていた。煩悩に冒されているのは「静粛にお願いします」と書いてあるのが読めないアナタですから、残念!禅の世界に浸りきれないまま、そろそろ石庭をおいとまします。

その頃、京都在住の古い知人から携帯に連絡が入る。竜安寺の回廊庭園を足早に見終え、京都駅で待ち合わせる為に再度自転車に乗ります。
帰りは道がクネクネしており、方向感覚が若干狂う。イヤフォンマイクで仕事の電話をしつつ道路標識にちょっと目を向けた瞬間、前のバイクが停車していたのに気付くのが一瞬だけ遅れ、いきなり両手で急ブレーキ。強力な前輪ブレーキにより、時速20キロから0キロへと瞬間停止した自転車は見事にジャックナイフで270度回転。自分自身に何が起こったか判ったときには、頭からまっさかさまにアスファルトに落ちている途中で、地面まであと1メートルという絶対絶望な状態。「やばい、前まわり受身を取ら・・・」と考えた次の瞬間には地面に激突していました。

参考画像:転ぶ瞬間のスピード感(「お気楽!自転車試行」より)
おみくじの末吉効果か、不幸中の幸い発生。激突の瞬間に左腕から右腕と順に地面に突くことで、辛うじて顔面着地は免れた様子。側頭部の髪の毛があるところをちょっと強めにアスファルトに打ち付け、外傷は右の手のひらを擦っただけという奇跡的な軽傷。とはいえ、頭を打ち付けたのと28歳にもなって夕方のラッシュ道路で派手にコケたことのダブルショックに路肩でしばし立ち尽くした後、これ以上知人を待たせないためにもと再び京都に向かいます。
しばらくするとアドレナリンも切れてきて、強く突いた左腕の肘靭帯、手首の靭帯、及び上腕から前腕にかけて肉離れを起こした痛みが襲ってきます。腫れを懸念し薬局に入り湿布を購入。親切な店員さんが、「私も前バイクで転んだ時に腕がパンパンに腫れました」と言いながら、僕の左腕にペタペタと湿布を貼り付けてくれたのに深く感謝し、再度京都へ。自転車事故は侮れません。
じぶん日記:「京都旅行 龍安寺」
(第三部に続く)
投稿者 g_nagata : 2004年10月24日 03:25





